健康のための公共データ
4 月、私たちは OpenAI Foundation 初の生命科学・疾病治療プログラム「AI for Alzheimer’s」を開始しました。本日、第 2 の科学プログラム「健康のための公共データ」を発表します。
「AI for Alzheimer’s」では、多くの家族に影響を及ぼす一つの疾患に焦点を当て、AI による科学者の治療法改善を支援します。「健康のための公共データ」では、研究者が広く利用できる高品質な科学データセットの作成と保存に資金を提供し、多くの疾患にわたる生命科学の進歩を後押しします。
科学データとは、私たちを取り巻く世界についての観察結果であり、研究と発見の基礎となる情報です。数学の一部のように、新たなデータを収集せずに成果を検証できる分野では、AI システムが最近、新たな知見の創出に貢献し始めています。一方、生物学では、AI システムが生物学的情報を大規模に分析し、不完全な証拠からも隠れた構造を見いだせるようになっており、時には驚くほど効率的です。
しかし、疾病の予防と治療に残された多くのブレークスルーは、新しいモデルの応答性能と、世界についてのさらなる観察、つまりより多くのデータを組み合わせることで生まれると考えています。
公共的価値が極めて高いデータセットでも、単独の機関には資金を提供する十分な動機や能力がないため、作成も共有もされない場合があります。そのため、健康に役立つ公共データの支援は、OpenAI Foundation に非常に適した取り組みです。
初回助成
まず、非営利団体と大学を対象とする初回の助成として、分子、疫学、規制関連の知識など多層的なデータに対し、総額 1 億 2,500 万ドル超を支援します。
支援するプロジェクトの一例をご紹介します。
OpenADMET は、低分子が体内でどのように吸収・分布されるかを AI モデルが予測できるよう訓練できるか検証するため、公開データセットとベンチマークを作成し、評価対象を秘匿したコンペティションを実施します。これにより医薬品開発の予測可能性を高め、新薬の失敗率を下げます。
医薬品候補の 90% は臨床試験で失敗します。多くの場合、その原因は、体内でどのように吸収・移動するか、すなわち「ADMET」特性の予測が難しいことにあります。このような未解決の予測課題は、各モデルによる予測精度を検証できる高品質なデータと組み合わせることで、AI の強みを生かせる可能性があります。例えば AlphaFold2 は、Protein Data Bank のデータを活用し、CASP が実施した他のモデリング手法とのコンペティションを通じて、タンパク質構造予測を一変させました。現在、タンパク質構造予測は多くの創薬プログラムに組み込まれており、将来的に患者への恩恵が期待されます。
医薬品候補の ADMET 特性をより正確に予測するため、OpenADMET チームは新しい予測モデルの検証基盤となる高品質なデータセットを開発し、世界中の研究者が参加できる公開コンペティションを実施します。

ADMET 予測課題の参加者向けに最近開催された OpenADMET イベントでの発表。提供:Naomi Handly 氏
OpenADMET 理事であり、UCSF の生物工学・治療科学部門教授兼部門長を務める James Fraser 博士は、次のように述べています。「創薬には、特定の疾患の治療を目指す一企業や一つの大学研究室だけでは解決できない、分野共通の課題が数多くあります。OpenADMET は、こうした課題にオープンかつ機械学習ですぐに利用できる形で取り組むために設立されました。AI による新たな治療法の開発を大幅に加速させる基盤を構築できることを、うれしく思います」
CTD Commons は、失敗した医薬品開発プログラムの規制関連知識を保存・公開します。通常は埋もれてしまう過去の事例から将来のチームが学べるようにし、患者に有効な治療法をより早く届けることを目指します。
CTD(コモン・テクニカル・ドキュメント、医薬品承認申請資料)は、動物毒性試験や製造の詳細、そして特に有用と考えられる FDA とのやり取りまで、治験薬開発の全過程をまとめた文書です。しかし、論文として発表されるのは、その成果のごく一部にすぎません。
CTD Commons は、失敗または中止された医薬品開発プログラムから CTD を取得できるか検証し、誰もが研究・分析に利用できるよう公開します。
「FDA への申請一件一件に、研究者、審査担当者、研究参加者の努力と犠牲が込められています。たとえ取り組みが失敗しても、そこで得られた貴重な情報を無駄にすべきではありません」と、CTD Commons の中心的な主催者であり 1Day Sooner の代表を務める Josh Morrison 氏は述べています。「CTD Commons は、重複とコストを減らし、臨床研究の効果を最大限に高めます」
UNC は生成免疫療法イニシアチブを設立し、公開マルチモーダルデータを作成します。がんと診断された患者が、個別化がんワクチンを迅速に受けられる未来を目指します。
現在の「ネオアンチゲン」がんワクチンは、患者ごとにコンピューターで設計される数少ない医薬品の一つです。腫瘍細胞の配列を解析し、その表面に提示される腫瘍特異的な標的を予測します。しかし、配列解析自体も現実を間接的に捉える手段にすぎません。細胞表面の標的を直接測定し、さらに各タンパク質に患者の免疫系がどれほど強く反応するかを確認することは、難しく費用もかかるためです。
UNC は数百の腫瘍と複数のがん種について、こうした欠けたつながりを明らかにします。匿名化したデータを世界中の研究者に公開し、この分野で初となる訓練・評価用データセットの一つを作成します。
「個別化がんワクチンは、ようやく臨床効果の兆しを見せ始めています。しかし、従来の治療法開発モデルでは解消に数十年かかりかねない課題が、まだ残っています。高品質なデータがあれば、その課題をより早く解消できます」と、UNC 医学部遺伝学助教授の Alex Rubinsteyn 博士は述べています。「開発期間を短縮し、幅広い患者に有効な個別化免疫療法の実現に貢献できることを、うれしく思います」

ノースカロライナ大学で個別化がんワクチンに取り組む研究室のメンバー。提供:UNC
初期戦略
このセクションは、OpenAI Foundation の今後の助成機会に関心を持つ研究者に、特に有用だと考えています。
収集する価値のある科学データは、一つの資金提供者が支援できる範囲をはるかに超えています。そこで、OpenAI Foundation の支援が最も有効だと考えるデータの種類について、研究コミュニティの皆さまに詳しくお伝えします。
当初重点を置くデータは、つながりのあるデータ、希少なデータ、直接的な データです。助成対象のデータセットは通常、以下で詳しく説明する特性のうち一つまたは二つを備え、まれに三つすべてを兼ね備えます。
すべてのデータセットにおいて、患者データに関わる場合はプライバシーを確保しながら、データを広く利用可能にすることが、今後ますます重要になると考えています。 それにより、研究者は互いの成果を土台に研究を進められ、思いがけない場所から科学の進歩が生まれます。
つながりのあるデータ:複数の段階を通じた生命現象の追跡
生命現象はさまざまなスケールで展開しますが、生命科学のデータセットの多くは、現実の一面しか捉えていません。細胞アトラスは数千個の細胞にわたって分子を測定しますが、単一分子イメージングが追跡するのは一つの細胞だけです。どちらの視点にも価値があります。しかし、このようなデータセットは通常、別々に作成されるため、科学的成果同士の関係を明らかにするには、その後何年もの研究が必要になる場合があります。私たちは、個々の研究チームがこうしたスケール間を意図的に行き来し、異なる層が相互に補強し合う、豊かでつながりのあるデータセットを作成できるよう支援したいと考えています。
例えば UCSF への助成により、OpenADMET チームは数万種類の化合物について、主要な分子特性と相互作用を測定できます。次に、この広範なプロファイリングを、薬物輸送に関する二つの視点と結び付けます。一つは、選定した分子が結合した輸送体タンパク質の実験的に決定された構造、もう一つは、これらのタンパク質と分子の機能的相互作用を測定するアッセイです。最後に、これらの化合物の一部をヒト血液脳関門モデルで試験し、その結果を動物の生体内測定値と比較します。
このデータ収集手法により、薬物の体内移動を決める要因を極めて包括的に把握できます。そして、人にとって重要なレベルで AI モデルによる予測精度を高められます。
希少なデータ: 再現できないものの保存
将来どれほど高性能な AI が登場しても、特定の一度きりの時点で起きた生命現象をさかのぼって観察することはできません。例えば、信頼できる人口動態統計がない国での死亡や健康悪化の原因、すでに過ぎ去った特定時点の患者由来生体試料の内容などです。生物学には、後戻りできない機会が数多くあります。将来モデルを構築する人々は、現在の研究者には予想できない形で、こうした証拠を活用するかもしれません。そのため、機会が失われる前に価値あるデータを収集・保存する提案や、プライバシーと本人の同意を尊重しながら、二度と再現できない既存の非公開データセットを広く利用可能にする提案に、特に関心を寄せています。
例えば CTD Commons への助成では、企業が閉鎖され記録が失われる前に、失敗した医薬品開発プログラムの記録を保存できるか調査します。短期的には、初期段階の医薬品開発チームが高額な試行錯誤をせずに、類似製品に対して規制当局が何を求めてきたかを理解するうえで、これらの文書が役立つ可能性があります。長期的には、医薬品が失敗または成功する理由のパターンを機械学習システムが発見するための資料となり得ます。規制や試験戦略の改善を促し、新たな治療法を患者へより早く届けることにつながります。
直接的なデータ:最も重要な生物学的・臨床的状態の測定
生物学はその歴史の大半で、測定しやすいものや低コストで測定できるものを対象としてきました。例えば、ヒトの臨床データより個々の細胞のデータを測定することや、タンパク質ではなく RNA 発現を測定することです。こうした代替指標は非常に有用でしたが、生物学を理解し、疾病を予防・治療するという目標から離れてしまう場合もあります。このような場合、研究者が最も重要な対象を測定するデータセットを構築できるよう、必要なリソースを提供したいと考えています。また、「生物学的な真実」を測定するために必要な機器がまだ存在しない、あるいは大規模に利用するには費用が高すぎる場合もあります。このプログラムでは、新たなデータと新たなツールの両方を支援したいと考えています。
例えば、生成免疫療法イニシアチブ設立に向けた UNC への助成により、UNC Lineberger と UNC Health のチームは、次世代がんワクチンの改善に必要となるヒトに基づくデータを作成できます。つまり、腫瘍の配列を「解析するだけ」ではなく、腫瘍細胞表面のタンパク質を直接測定し、患者の T 細胞応答も測定します。このデータの作成には多額の費用がかかります。今回包括的に作成し、成果を公開することで、今後のあらゆるがんワクチン開発に役立つことを期待しています。特に、このプロジェクトが成功すれば、将来のワクチン候補は、より確かな標的群を備えてヒトへの投与段階に進めるようになります。これにより、効果を発揮する可能性が高まり、効果が得られなかった場合にも、より多くを学べるようになります。
研究者によるデータ利用の確保
最後に、すべての助成において、作成されたデータセットを世界中の研究者が可能な限り利用しやすくなるよう取り組んでいます。
科学史の大半において、仮説の検証は発見を阻む主なボトルネックでした。課題に投入できる「知的能力」には限りがありました。一定数の大学院生と職業研究者が、課題に関するデータを生成し、分析していたためです。コーディングとデータ分析における AI の継続的な進歩は、その前提を覆します。データ分析は飛躍的に拡張しやすくなり、データ作成時には予想も難しかった共同研究から、新たな知見が生まれる可能性があります。
私たちの使命は、汎用人工知能が全人類に利益をもたらすようにすることです。私たちの支援により作成された科学データは、人に関するデータを扱う場合には個人のプライバシーと同意を守りながら、広く利用可能にすべきです。ただし、利用しやすくすることは、生データを公開するだけにとどまりません。助成先には、分析結果をプレプリントとして発表すること、最後にまとめてではなく定期的にデータを共有することを推奨しています。また、データに「つながり」がない場合は、利用者と協力し、生物学的に価値のある課題に対する有用性を評価するよう勧めています。
反復的な学習
本稿では、「健康のための公共データ」に関する当初の方針を説明しました。科学と AI の進歩、そして研究コミュニティの方々との対話を踏まえ、私たちは考え方を積極的に更新しています。
「健康のための公共データ」についてアイデアがあれば、[email protected] までぜひご連絡ください。今後のプログラムや資金提供に関する最新情報は、こちらからニュースレターにご登録ください。
本稿で取り上げたような課題に専任で取り組むことに関心がある方に向けて、現在、生命科学・疾病治療チームでは4 つのポジションを募集しています。