アルツハイマー病と AI
Jacob Trefethen

Institute for Protein Design の研究者が、計算で生成されたタンパク質構造を、実験用に作製する前に確認している様子。写真提供:Ian Haydon 氏
アルツハイマー病は、いまだ解決されていない最も難しい医療課題のひとつであり、同時に極めて深刻な影響をもたらす問題でもあります。何百万人もの命を奪い、家族に大きな負担を与え、現在の医療でも十分に対応できていません。OpenAI Foundation は、高度な AI を活用して予防と治療の研究を加速し、この状況を変えることを目指しています。1その第一歩として、今月中に6つの研究機関に対し総額1億ドル超の助成を確定する予定です。アルツハイマー病研究を推進し、新たなデータ創出や新薬設計を支援することで、治療の選択肢拡大につなげます。
これらの助成は取り組みの出発点にすぎず、今後も多くの課題が残されています。今後も2026年以降にかけて、より多くの研究者や研究機関への助成を予定しています。こうした取り組みを通じて、アルツハイマー病の予防と治療の実現を目指します。
「OpenAI Foundation によるアルツハイマー病研究の取り組みは、単なる科学の進歩にとどまりません。何百万人もの人々やその家族、そして脳の健康に関心を持つすべての人にとっての希望です。私たちは、スピードと厳密さを重視した大胆な投資を高く評価します。なぜなら、一日一日が重要だからです。アルツハイマー病とともに生きること、あるいはそのリスクと向き合うことの意味を変えるようなブレークスルーを、より速く実現していく必要があります。」
なぜアルツハイマー病に取り組むのか
私たちの使命は、AGI が全人類に利益をもたらすようにすることです。アルツハイマー病は極めて大きな課題であり、高齢化の進展とともに深刻さが増しています。また、その複雑さは AI の活用に適した特性を持っています。
アルツハイマー病は、診断を受けた何百万人もの人々だけでなく、その配偶者や子ども、そして支援にあたる介護者にも影響を及ぼします。この疾患は、家族に大きな精神的・経済的負担をもたらします。
人類は過去数十年にわたり、4大死因のうち心疾患、感染症、一部のがんに対して進展を遂げ、各年齢における死亡リスクを低下させてきました。
世界全体における主要3大死因の年齢調整死亡率(人口10万人あたり、IHME)
一方で、4つ目の死因であるアルツハイマー病をはじめとする神経変性疾患については、世界中の優れた研究者の取り組みにもかかわらず、いまだ有効な治療法の確立は大きな課題として残されています。
アルツハイマー病の世界全体における年齢調整死亡率(IHME)
これは、アルツハイマー病が単一の原因ではなく、遺伝的リスク因子、タンパク質のミスフォールディング、炎症、シナプス機能障害など、さまざまな要因が複雑に関与して発症すると考えられているためです。これらの要因は、数十年にわたって環境要因と相互に影響し合いながら進行し、その舞台となる脳は、研究や薬剤の送達が難しい器官でもあります。従来の研究手法では、こうした複雑さを十分に解明することが困難でした。
AI は、この複雑さに対処するうえで特に有効です。患者の臨床症状や疾患の生物学的マーカー、候補薬のスクリーニング結果など、異なる種類のデータを横断的に扱い、そこから関係性を見いだすことが可能になります。これにより、これらの要因の相互作用を理解し、適切な創薬ターゲットの特定や、患者にとって介入可能なリスクをより早い段階で把握するという新たなアプローチが実現します。
私たちの目標は、科学者がアルツハイマー病の予防と治療につながる新たな手法を生み出せるよう支援することです。これまで非常に困難とされてきたこの課題は、AI が人間のヘルスケアの可能性をどこまで広げられるかを示す、重要な指標です。アルツハイマー病のリスクがある方々とそのご家族にとって、意味のある変化をもたらすことを目指しています。
初期の取り組み
初期戦略の検討にあたり、外部の科学分野の専門家の皆さまからいただいたご支援に感謝します。これらの取り組みには大きな期待を寄せていますが、アルツハイマー病の予防と治療という目標が短期間で達成できるとは考えていません。期待した結果が得られない実験や、途中での後退もあり得ます。それが科学の本質でもあります。私たちは結果から迅速に学び、その都度アプローチを見直していきます。
まず、既存の取り組みを補完しながら研究エコシステムを支援し、AI によって新たに可能になっていることを活用するための初期仮説を立てています。これらを組み合わせることで、主要な研究機関において「5層の取り組み」からなる構造が生まれます。
1. AI を活用してアルツハイマー病の「因果マップ」を構築し、介入対象の妥当性を検証する。アルツハイマー病は単一の要因ではなく、複数の要因によって引き起こされることが明らかになってきています。そのため、因果要因のネットワーク全体を可視化し、個々の患者にとって最も効果的な介入ポイントを特定する必要があります。Arc Institute のように、生物学における AI 研究の最前線にいる研究者と連携し、脳のモデルである「オルガノイド」が、遺伝的および環境的なリスク要因のさまざまな組み合わせにどのように反応するかの解明を目指します。こうした大規模な実験データは、次の実験設計に活かす AI モデルの学習に用いられます。この仕組みにより、研究者は途中段階の成果を共有し、それをもとに他の研究者が発展させることが可能になります。また、作用機序に基づいた創薬ターゲットを特定し、さらなる検証につなげることができます。

Arc Institute アルツハイマー病イニシアチブのチームメンバー(左から:Lorena Saavedra、Nianzhen Li、Dave Burke、Tony Hua、Silvana Konermann、Dara Leto、Patrick Hsu、Megan van Overbeek、Kristen Seim)写真提供:Raymond Rudolph 氏
アルツハイマー病の治療が難航してきた背景には、この疾患が極めて典型的な複雑系の疾患であることがあります。これは、何百もの遺伝的・環境的リスク因子が、さまざまな細胞種にまたがり、数十年にわたって相互作用した結果です。Arc では、こうした相互作用を大規模に可視化するための実験技術と計算技術の開発に取り組んでいます。
— Arc Institute 共同創業者兼主任研究員、Patrick Hsu 博士
細胞を疾患状態から健康な状態へと戻すことができる介入手法を見つけたいと考えています。そのために、アクティブラーニングのサイクルを回しています。具体的には、患者データに基づいてヒト組織モデルに系統的に介入を行い、その結果を測定し、得られた知見をもとにアルツハイマー病の AI モデルを段階的に改善していきます。このサイクルを重ねることで、疾患経路がどこで収束し、どこに介入すべきかについての因果関係の理解がより明確になります。
— Arc Institute 共同創業者兼エグゼクティブディレクター、Silvana Konermann 博士
2. AI を活用して新薬を設計し、ラボで検証する – Institute for Protein Design のような協力機関や、マサチューセッツ総合病院の第一線の神経科医・神経科学者と連携。2000年以降、100種類を超えるアルツハイマー病治療薬が臨床試験で検証されてきましたが、そのほとんどは効果が確認できないか、望ましくない副作用が見られました。AI 生物学ツールを活用して設計された分子は、長期的に見て成功確率が高まると私たちは考えています。ただし、その有効性を確かめるためには、研究者がデジタル上で設計した分子を、細胞や組織、動物モデルで検証できる必要があります。
Institute for Protein Design では、世界全体のウェルビーイングに最大の好影響をもたらすことを目指し、共同で取り組む研究基盤の構築に注力しています。最新の AI を活用したタンパク質設計モデルにより、アルツハイマー病の進行に重要な標的に作用し、修飾・分解する分子の設計に成功しています。このツールキットの拡充・改良と共有を進め、設計したタンパク質を神経変性の予測や理解に活用できるようにすることは、私たちの最優先事項の一つです。
— ワシントン大学 Institute for Protein Design 所長、ノーベル賞受賞者 David Baker 博士
3. オープンデータセットを活用して薬剤活性を予測し、介入の有無による疾患の進行を明らかにする。これには、EvE Bio のような Focused Research Organisation に代表される非営利団体と連携し、アルツハイマー病に関連する新たなオープンデータセットを構築する取り組みが含まれます。また、既存の縦断データや疫学データの拡充に加え、すべての研究者にとって有益となり得るバイオテクノロジー企業の既存データを、責任ある形で公開していく取り組みも進めます。

複数の標的を対象とした定量的ハイスループットスクリーニングおよびプロファイリングのために、化合物をアッセイ用プレートに微量分注している様子。写真提供:EvE Bio
「適切なデータがなければ、AI でアルツハイマー病の解明を進めることはできません。EvE Bio での取り組みを通じて、基盤となるデータセットの構築には、明確な意図を持った設計が不可欠であると学びました。こうした取り組みに投資する重要性は、これまでになく高まっています。」
4. UCSF のような協力機関と連携し、疾患の新たなバイオマーカーを確立するとともに、診断や臨床試験の実施方法を改善する。昨年、初のアルツハイマー病の血液検査が承認されたことで、専門医はより低侵襲に患者の状態を評価できる手段を得ました。血液をはじめとする各種バイオマーカーにより、研究者は臨床試験において、薬剤が疾患の進行にどのような影響を及ぼす可能性があるかを測定できるようになります。これには、主に別の疾患を対象とした試験における副次評価項目としての活用も含まれます(心血管疾患に関する最近の試験がその一例です)。AI がより複雑な生体シグナルを解析できるようになった今、最新のプロテオミクスや患者由来サンプルの活用を通じて、研究をさらに前進させる機会が広がっています。
アルツハイマー病は依然として、最も緊急性の高い医療課題のひとつであり、その前進は、科学的ブレークスルーを実際の患者ケアにつなげられるかにかかっています。この連携により、タンパク質設計の進展から、UCSF における臨床および生物学の深い知見に至るまで、世界をリードする取り組みを結び合わせ、疾患への理解を深め、新たな治療への道筋を見いだすことが可能になります。AI がこれらの知見の統合を支援し、極めて複雑な現象の理解を可能にすることで、患者の人生を大きく変え得る発見の加速につながります。
— UCSF および UCSF Weill Institute for Neurosciences 神経学教授・神経学部長、S. Andrew Josephson 医学博士
5. 特許切れの治療法を検証するとともに、AI を活用して匿名化された患者データやオンラインで報告された体験を分析し、知見を引き出す。効果を示唆するエビデンスがある介入は数多く存在します。たとえば、オロチン酸リチウムや特許切れの帯状疱疹ワクチンなどです。しかし、これらについては、さらなる質の高いエビデンスが求められる一方で、民間部門が臨床試験の費用を負担する動機が乏しいのが現状です。
生理的用量のオロチン酸リチウムが、アルツハイマー病マウスモデルにおいて病態の改善と記憶機能の回復をもたらすという知見が、高齢者においても再現されることを期待しています。リチウムは、スマートフォンやノートパソコン、電気自動車の電源となるバッテリーに使われています。脳は、私たちがそれを活用するよりも前から、その独自の電気化学的特性を利用していたのかもしれません。
— ハーバード大学医学部 遺伝学・神経学教授、ハーバード・グレン加齢生物学研究センター共同ディレクター、Bruce Yankner 医学博士(MD)・博士(PhD)
反復的な学習
研究エコシステムにおける他の取り組みを補完するため、これら5つの領域すべてを同時に進めていきます。今後、研究コミュニティからさらにフィードバックを得ながら、既存のアプローチにも必要な見直しや追加を重ねていく考えです。そうした積み重ねを通じて、アルツハイマー病の予防と治療の道筋をともに見いだしていきたいと考えています。
アルツハイマー病に正面から取り組むことで、この疾患の経過を変える一助となるだけでなく、他の多くの疾患の研究や治療の前進を後押しするツールや知見の構築にもつなげたいと考えています。
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学術論文に加え、私たちは AI と科学に関する報告書、長文記事、ブログ記事にも日頃から目を通しています。こうした文献や記事にあるすべての主張に同意しているわけではありませんが、たとえば National Academies のこの報告書、アルツハイマー病治療薬のパイプラインに関するこの総説論文、心血管疾患による死亡率を扱ったこのような医療進歩の概説、医療分野で AI が前進する難しさを扱った Science のこのブログ記事、そして IFP によるこの臨床データに関する提案などを参考にしています。
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More precisely, our focus is on Alzheimer’s disease and related disorders—Alzheimer’s often occurs alongside other dementias.